「「基礎を早めにやって、過去問演習に時間をかける 」 っていう発想はどうなの?」の続きです。 前回の記事では、基礎には「普遍性」と「習得段階性」 がありますよ、というお話をしました。

前回は比喩ばかりだったので、今回は勉強の話で具体的に説明していきたいと思います。それを通して、「基礎」というものの特徴をさらに描き出し、 「基礎を早めにやって、過去問演習に時間をかける 」 という発想の是非に言及していきます。

今回はまず、次の英文を例にとってみたいと思います。これはある文章の冒頭の一文だと思って読んでください。

It pays to advertise.

この英文を生徒に訳してもらうと、辞書の使用を認めても、「①広告にお金を支払う。」「②宣伝にお金がかかる。」「③宣伝に割に合う。」などという誤訳がたくさん生み出されます。

これらの誤訳はすべて、文頭の It を無視しています。「すべての単語の働きを考えて訳出する」というのは、英文解釈の基礎中の基礎です。しかし、偏差値60を軽く超える進学校の生徒でも、こうした、単語の存在を無視した誤訳を生みだすというのが現実です。(正しい解釈は本記事末尾に記します)

「すべての単語の働きを『正しく』考えて訳出する」ことができるかどうかは、知識や思考力に依存します。それは基礎の範疇を超えた問題です。ここでの問題は、「すべての単語の働きを考えて訳出しよう」と思うことができるか、です。これは(とりあえずは)知識の問題ではなく、意識の問題です。

私たちが「基礎」と呼ぶものは、こういった「意識/姿勢/態度/向き合い方」とでも言うべきものを含むことが多く、そしてそれは、簡単に身につく場合もあるし、そうでない場合もあります。

また比喩を使ってしまうのですが、「自分がされて嫌なことは相手にもしない」なんていうのは対人関係の基礎ですが、これは簡単だけど難しいですよね。
「自分がされて嫌なことは相手にもしないようにしよう!」と誓ったその日くらいは守れるかもしれませんが、それをずっと、そしてどんな条件下でも守るとなると、非常に難しくなります。

「基礎」というのは、そういうものなんです。簡単なことだけど、それをどんな条件下でも実行しようとすると難しい。その重要性を「身に染みて」理解していかないと身につかないものなのです。

英単語を覚えるとか、漢字を覚えるという「知識」は、ドリル的な練習でまずまず身につきます。やればできるようになるので、「早めに単語を覚えてしまおう」というのも容易いことです。しかし、「意識」を身につけることに関しては、ドリル的な練習はほぼ無意味です。 おかしな言い方ですけど、「すべての単語の働きを考えて訳出しよう 」と意識しているときには、そう意識することができないわけありません。そうではなくて、他のことに集中しているときでも、そう意識できるかどうかが重要なのです。

言い方を変えれば、基礎というのは、基礎の勉強をすることだけで身につけるわけではなく、あらゆる場面で身につけていくものだと言えるでしょう(この話は「普遍性」「習得段階性」にも関わります)

そういうわけで、「早めに基礎をやって、3年夏から過去問演習したほうがいいんじゃないですか」などと言われると、どう返答すべきか困ってしまいます。 「すべての単語の働きを考えて訳出する」という基礎的姿勢は、 「すべての単語の働きを考えて訳出しましょう」と言った瞬間に、伝え終わっています。 そうやって伝えるだけでいいなら、極端に言えば、指導開始後1週間程度で基礎は終えて、過去問演習に入ることだってできそうです。もちろん、実際はそういうわけにはいきません。

基礎は基礎的勉強だけやって身につくわけではないし、「はい、今日で基礎が身についたので、明日からは応用です」と言えるようなものではありません。

では、予備校doではどういった発想で基礎を身につけるための、そして合格のための学習プランを作成しているのか。それは、後日また改めて書きたいと思います。

記事中の英文の正しい解釈は「広告を出すことは割に合う。」です。文頭の It はいわゆる仮主語というもので、その内容は to advertise です。advertise は「宣伝する/広告を出す」という意味の動詞で、不定詞の名詞的用法で「広告を出すこと」となり、それが pays の主語なので、「広告を出すことは」と訳出します。また、この pays は目的語を伴っていないため自動詞です。自動詞の pay には「割に合う」という意味があります。