夏が近付いてくると、焦りゆえか、基礎を疎かにしてただただ新しいことを勉強しようとする受験生がでてきます。講師が「この辺りの基礎が不安だから、もう一度ここから勉強をしなおしましょう」と提案しても、「いや、とにかく早く進まないと範囲が終わらないので、やり直しはしたくないです」などと提案を撥ね付けてくる生徒も、稀にいます。

私たちもできる限り説得はしますが、最終的に何を勉強するかを決定するのは生徒自身です。今までに、基礎をやり直そうという提案をどうしても聞き入れてくれず、しかたなくベストとは思えないプランで学習を進めた生徒がいましたが(そういう生徒はほんの数人ですけれども)、結果は不本意なものでした。

既習範囲のやり直しをすればそれに時間がとられて、新しい範囲を学習する時間が減るなどということは、あたりまえです。私たちもそれを分かっていて、それでもやり直したほうが良いと判断しているからこそ、そういう提案をするわけです。合格のために必要とされる内容の多くは基礎事項であること、基礎の固まっていないところに新しい内容を付け加えようとしても無駄に終わること、基礎を固めれば次の内容を学ぶために必要となる時間が短縮されること、などを考慮したうえで私たちは学習プランを練って提案しているのです。

率直に言って、プロの提案に従わないという選択は私には理解しにくいものがあります。たとえば、私がこれからピアノを習うとしましょう。今の私は楽譜を読むこともままなりません。しかし、半年後にちょっとした何かの会で演奏を披露したい。そこでピアノ教室に通うことにしました。ピアノの先生はどういう対応をしてくれるでしょうか。おそらく、まずはどういう曲を演奏するつもりなのか、確認するのではないでしょうか。「なにか適当に見繕ってください」と私が言うと、にっこり笑いながら(だといいですが)、「楽譜も読めないって言っていたしなぁ」などと考えながら、難易度やTPOを考えて提案してくださるでしょう。そして、私が望めば、どういったプランで練習を進めていくか、おおまかにでも説明してくれるのではないでしょうか。そのとき、たとえば「えっ? 3か月も基礎練習に費やすんですか? もっと早く本番で演奏する曲の練習をしたいです」などと言う自分が私には想像できません。自分は素人であり適切な練習メニューも分からないので、プロがその知識や経験から考え出す練習計画に価値を感じ、それにも対価を支払っているという感覚があります。実際教えてくれるその時間だけでなく、作成してくれた練習プランも、対価を支払う価値あるものだと感じるのです。逆に、それに価値を感じないのであれば、その先生に教わりたくはありません。

これは何でも言いなりになる、という意味ではありません。3か月も基礎練習に費やすということに疑義を感じれば、「なぜ3か月もかかるんですか?」などと訊ねるでしょうし、自分のスケジュールの都合でたとえば8月は忙しいけれど9月は時間があるということが分かっていればそれを伝え、計画の変更を求めることもあるでしょう。あくまでも自分が主体であり、その自分のためにプロのアドバイスを積極的に受けるわけです。

以上の話からもお分かりいただけるように、私たちは「つべこべ言わずにこのプランに従え!」なんていうことを言うつもりはありません。「なぜこの時期にこれを学ぶのか」が生徒自身に理解されていなければ、学習効果は減少してしまいますので、生徒への説明もしつつ学習プランを作成しています。

せっかくですので、長期学習プランの作成手順を簡単にご説明しましょう。まず入会時に、志望校・現在の学力・残された学習期間・入試方式などを考慮して、講師が原案を作成します。担任の講師が全体を統括しつつ、各教科の講師がプランを作成する形になります。この際、各教科間のバランスにも配慮します。次にそれを生徒に説明します。ここで生徒から意見(たとえば「英単語をもっと早くから始めたい」など)があれば、それをなるべく組み込んで再び計画を作成します。もちろん、学習効率から見てその要望が受け入れがたいこともあるので、それはそのように説明します。

一斉授業の予備校では、個別に学習計画をたてることは難しいでしょう。決まったカリキュラムがありますから、とにかくそれに合わせてもらわなければ、授業の運営が成り立ちません。部活の予定も学校行事の予定もお構いなしです。理解度の差も自己責任です。予習・復習の質を自分で高めることで何とかせよ、ということでしょう。予備校doでは、個々に合わせて学習プランを作成し、テストを実施し、解説を個別に行います。個別授業の価値というのは一般的に分かりやすく、認知もされてきているように思います。しかし、学習プランを個々に作成するということの重要性、その価値については、まだまだ一般に浸透していないように思いましたので、今回のテーマにしてみました。